space×drama2016の感想を様々な視点で載せていきます 。300文字以上の感想を各劇団が書いていきます。皆様もコメント欄に是非お書き下さい!


by spacedrama

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これまでの感想で誰からの指摘がなかったので、大した問題でもないのだろうけれど、川端康成のことを康成と呼んでいるのが気になってしまった。
川端康成って、康成じゃなくて、川端って呼ばれるのが普通じゃないかなあ。
些細なことなんだけれど、そういうことが気になってしまった。

あと、前作品が戯曲賞を受賞をしたという情報があったのだけれど、確かに物語上必要な情報であったと思う。
でも、ちょっと言い過ぎじゃないだろうか。
無名劇団さんが、休止する前に戯曲賞を受賞されたんですよね。
その情報も知っている上に、何度も何度も作品の中で聞かされたら、なんだか自慢されたような鼻持ちならないような気持ちになってきて、なんだか嫌だった。

一つ一つのエピソードはたとえば「あまがさ」のこととか、坂田山心中事件のこととか、稽古場のこととか、とても面白かったのだけれど、まだまだ深く掘り下げられるのになんだか中途でやめてしまったような印象があった。
だからか、構成もちぐはぐだったような気がする。
坂田山心中が、同意ではなかったと紐解いていくのとか凄いドキドキしたんですけどね。
そういうの掘り下げて欲しかった。

今となっては、ユーストリームとかツイッターとかっていうのも、題材としてはもう古い感じがする。
だからといって、何が最先端かはわからないけど。
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by spacedrama | 2015-05-31 23:10 | s×d2015 | Comments(0)
こういうとんがった芝居は好きだ。だからといって、彼らは大向こうを狙っているあざとい劇団ではない。だいたい、「大向こう」って何? って話だけど。

要するに誰もがしないような画期的なスタイルで、大胆な実験を施し、世間をあっと言わせるような芝居を作る、なんてね。まぁ、これがそうじゃないことは明白で、でも、こういう実験的な試み自体は悪くない。なぜならば、彼らは、方法論は作品世界の実現のためにある、という当たり前のことをちゃんと理解して、作っているからだ。

川端康成の短編「あまがさ」をモチーフにして、細部にこだわる。少年と少女に何があったか。何の秘密もないリリカルな小品を謎にして展開するお話は、どこまでも広がっていく。でも、それはあくまでも、情報量が圧倒的に少ない(というか、ない)情景描写だけの小品(この短編集の『掌の小説』というネーミングが好きだ)から喚起されるものを、演劇作品として書き起こす。

この小説をモチーフにした戯曲を書こうとして行方不明になった男は、これを通して何をしようとしていたのかということを巡るお話なのはずなのだが、この小さな作品を圧倒的な情報量を誇るインターネットと対比させながら、コミュニケーションというものに迫る作品、だなんて、説明したくはならない。

あくまでもこれは抒情的な小品でいい。そこを作り手はちゃんと抑えているから、好ましい作品になった。慎ましさは美徳だ。
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by spacedrama | 2015-05-31 21:06 | s×d2015 | Comments(0)
お芝居を観終わって應典院をあとにする時に、少年役の太田くんから「きびしく書いてください」と言われたので、少し辛口でいきます。

嘘です。すみません

1月にも無名劇団を拝見させていただいたのですが、その時は台本と役者の実力が伴っていないなぁ…そして話の大事なところは客演がもっていくんやぁ…と残念な気持ちになったのですが、今回は劇団の話で等身大で演じやすかったのか観てて嫌な感じはしなかったです。

劇中劇の川端康成のあまがさの二人が全くしゃべらず、台詞は周りの劇団員役の役者が発する。つまり二人は表情と所作だけで演じていているのに、雨のシーンなど照明が暗く表情が読み取れないのがもったいない。

そして二人を引き立てるようにモブや、森や火、効果音までを劇団員役が演じ、見た目にも華やかなのに対して、劇団内の稽古場風景に戻った際にどうしても地味に思ってしまう。

それでも、あまがさと稽古場風景とのバランスが取れているうちは良かったけれど、中盤はかなりしんどかったです。

ネット社会の恐ろしさと、あまがさと何の関係が…と思ったんですが、よくよく考えるとあれは人々の好機の目にさらされた坂田山心中事件の二人やったんですね

すみません。すぐにわからなくって家に帰ってから、「ああっ」と思ってしまいました

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by spacedrama | 2015-05-30 23:47 | s×d2015 | Comments(0)
5月25日(月)

無名劇団 第21回公演「無名稿 あまがさ」観劇。
http://t.co/97Ry9iPSBf


【感想】
参った。
ラストの畳み掛けはかなりのカタルシス!
善意の悪意は目新しいものではないが、
ひとつづつ武器を装備した強みが有る!
近年最強に面白い!

僕は自分の基準のひとつとしてチラシで選ぶ。
今回の無名劇団さんのチラシは正直僕にとってはイマイチだった。
申し訳ない。


だが、
この物語である。
素晴らしかった。
それは一口に会話劇・・・だけではなく、
そこから傘などを取り入れた舞(フォーメーション)、
ダンスを取り入れた群舞、
2重構造における演出など、
物語の機軸を更に更に推し進めてゆくのだ。


とっかかり最初のシーンが失礼ながら退屈だと感じたのも、
全てはラストの大どんでん返しの複線だと考えれば、
僕は完全に演出家さんの、劇団さんの掌で踊らされていたに過ぎない。


もうネタバレになってもいいだろうが、
ネット社会を上手く取り入れた問題作であった。
昨今ネットを取り入れたマンガがはびこっている・・・と言えば語弊はあるが、
そのどれもがうまく心に生まれた、隙間と恐怖がMixされている。
週刊少年マガジンでは、LINEを逆手の取ったマンガ「リアル・アカウント」なる怖さを従えたマンガまである。話が逸れた。
この演劇作品は文豪川端康成の「あまがさ」を下敷きにしながら、
現代のネット社会の恐ろしさの警鐘を鳴らした作品なのである。

悪意のない善意ほど無節操に厄介なものはない。
この物語にも新人のネット配信というあり得なくもない設定で破綻するところがたまらない。
観ていて、ゾッとするが、それでもブラウン管の中、小説本の中、映画館の中、
という俯瞰的な要素がありつつも、自分の身に置き換えてゾッとする恐ろしさがあった。
映画、漫画、小説などでやり尽くされてはいるかもではあるが、
あの空間に居た僕らは確実にその「怖さ」にやられた。
間違いない。


それこそが積み上げた強みであると僕は認識している。



應典院舞台芸術祭space×drama2015参加作品「無名稿 あまがさ」
作 中條岳青 演出 島原夏海  
【出演】清水敬伸・島原夏海・柊美月・中谷有希・太田雄介・あまのあきこ(妄想プロデュース)・今井桃子・藤田和広・鳴海拳人
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by spacedrama | 2015-05-29 16:44 | s×d2015 | Comments(0)
あまがさ感想
初めまして、ぶった斬れのベティです。
観劇感想とかしっかりと書いたことがないので、なかなか緊張しますね。
どうやって書けばいいのかわからないので5点満点中星幾つ、みたいな感じで書きます。

ストーリー
★★★☆☆
「男女のズレ」がメッセージなのかなと受け取りました
シンプルに見れるなぁ、という感想です。
既成の話から独自の視点を持って進めていくスタンスは好感。
でも私は少し物足りないというか、崩壊が突然過ぎたし、なんとなく予想がつくラストだった。
多分あんないきなり崩して「えっ!?」って思わせるのなら誰かがラブラブの両想いとかになっちゃって幸せの絶頂で壊した方がいい。
友達以上恋人未満でいけそうだけどどうなんだろ、満更でもないよな、好きだよな、みたいな男女間からなら客にはじわじわと回る毒を入れていかないと劇薬的であればあるほど安く見える。

演出
★★★★☆
技法みたいなのは転換ですらできない私にはなるほどぉ、の連続でした。
森とかってあんなふうに表現するんだあ、すごい。
っていうか最初の心中のシーン本当に綺麗だった。
着物の女優さんの(すみません、お名前、わかりません…)静かに、声も出さずしかと目を合わせながら手伸ばし必ず後を追ってくださいと言わんばかりの死に逝く姿は圧巻。
そのあとの俳優さんの(お名前、お名前、すみません…)あんなに最初草食系だったお顔があんなに凛々しく、眼力が鋭くなり、世を恨めしやと思いつつ愛した女を抱きしめる瞬間。
あれだけでお金出せます。
でも…でもそのあとの変えた方の心中のシーン!!!!!惜しい!!!!あれは男のエゴを全面に押し出して欲しかった!!!
あのシーンは「あ、喉渇いてるでしょ?お水のむ?」では足りない激高が溢れているはず、あー!!!!もったいない!!!
無理矢理押さえつけて口移しで飲まして欲しかった!!!これでこそ男のエゴ!!!
あれは私からすると共犯に見える。頭が悪い女が悪い。
まぁ純粋な仲だったって設定はあるにしても、あっこで力押しでも良かったんじゃないかなぁ、と思う。
なので★4つ!
キャラクター
★★☆☆☆
これはちょっと薄かったかなぁ〜…と思いました。
テンプレート通りというか、うーん。
もっと人間らしさが欲しかった。
一人一人個性はあるにしても、あのチャラ男(凄く汗をかいていた人、名前が…すみません??)とビッチアイドル(お名前ぇぇぇ!!!?!?)って喋りましたっけ?
関係性みたいなものも、薄いなぁと。
せっかくヘタレ高校演劇崩れ(名前が…病院行きます…)が三角関係の中心に居るんだからもっと揺れたらいいのに。
あと女性陣が同じジャンル集まっててなんだかなぁ、と思いました。
女は狡くてしたたか。
男は色欲的で単純。
果たしてそうでしょうか
あのなかに恋愛はありませんでしたよね?
だってお互い好きなのは自分なんですから。
目も当てられない人間達を書くのならもっと自分の汚さに足を浸さなければ、と思いました。
その点ではあのストーリーテラーというか浮浪者(おなまえ、おなまえぎえーーーあへあへー(^o^))さんは好きでした、やばい性癖持ってそうなとことかが。
なので
★2つ!!

総合
★★★☆☆
普段演劇を見ない、というかちゃんとした演劇を書かない私からすると、これが演劇なのかぁと思いました。
やっぱり派手な演出とかダーティな芝居が好きな私には少しわからないことが多かったですが見てよかったです!
ありがとうございました!
お疲れ様でした!

ぶった斬れのベティ
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by spacedrama | 2015-05-29 11:16 | s×d2015 | Comments(0)

無名劇団 感想 

  笑の内閣の高間です。公演も終ったのでのどかな気持ちで感想ブログを書きませう。と思ったが、うちの講演が終わって10日たっているのにまだ半分くらいしかうちの感想が書かれていないではないか。1週間以内に書けと書いているではないか、ふざけやがって。守れねえなら優勝争いは減点だろうが、クロージングパーティでボコボコにしてやるから覚悟しておけよ、こちとら感想ブログってことで招待出してんだ、書かねえなら京都銀行出町支店普通3686063に2500円振込やがれ。と、いうことで私は無名劇団は金曜日にみて、今日更新だからセーフである。無名の2人は本番週なのに早めに書いてくれてありがたい。
  
 うちの劇団は京都の劇団なので、公演中交通費がもったいない連中は敏腕(かつ性格の悪い)制作ルカさんの家に泊まっていて、その最中役者の一人がなぜか「書けない悩みを書く脚本家は意味がわからない、そんなもん知るか」と怒っていたのですね。私の方こそ、私はそういう芝居書いた事ないからそんなもん知るか、今都構想否決•橋下引退の祝杯として気持ちよく酒飲んでるんだぞと思った訳ですが、なるほど役者オンリーの人はそう思うのかとも思ったwか衛です。

 劇作家にとって脚本が書けない事ほど辛いものはありません。だいたい、劇作家てのはサラリーマンとか出来そうにないクズが多いので、脚本を書けないとこの世に生きる事自体が無駄飯食らいです。これが、まだ仕事で文章書くならいいんですよ、仕事の文章だって苦労するときはしますが、私はいくら書けなくても金がかかってる原稿なら時給1500円以下にはしない(5000円で頼まれた文章なら3時間20分以上かけない)という強い信念を持って園時間内は精一杯、力及ばず間に合わなさそうなら手抜きして納期に間に合わせれば良いからです。しかし、自分の劇団に書く場合はもう、これは絶対に納得いく作品にせねばならないうえ、クライアント相手ではなく、自劇団の役者スタッフ相手なら納期を守らなくても良心が傷まないのでいくらでもこだわれてしまう、結果悩むのです。

 結果もう書けない悩みはとても辛い。納得いくものが書けることによって、鳥取や島根が滅ぶならそれでもいいと思うくらいです。京都や東京や地元北海道が滅亡するのはさすがに困るけど、鳥取や島根と引き換えに書けるなら安いと思うくらい悩むものです。なので、役者の身からしたら「書けない悩みなんか知るか、そんなもん戯曲化すんなよ」と憤慨するかもしれませんが、劇作家からしたらもう病気だの恋愛だの家族が宗教にはまっちゃったクラスの悩みなのだから、当然戯曲化に値するのです。悩みというのは創作の原動力ですからね、若いウェルテルという人の悩みだけで一冊書けちゃうくらいですから

 で、「あまがさ」を見て、私は脚本が書けない葛藤の話だと思ったのです。中條さんが実際に書けなかったのかどうかは知りませんし、そうだったとして「あまがさ」という挑戦に悩みぬいた結果劇中劇という方法をとったのか、もともと今まで書けなかったことを乗せるのにあまがさが適切だったからなのかもわかりません。

 しかし、バックステージものという方法はとても勇気があって、いやだって実際に一番お客さんからつっこまれるじゃないですか。客席には演劇してる奴がいっぱいいるんだから。「鈴子」の選挙事務所の様子だってリアリティがないところはいっぱいあったのだけども、お客さんは選挙事務所の実情等しらんから(見に来ていた政治家の皆さんもリアルだと褒めていたが、それは政治家は演劇の素人だから甘いだけである。演劇人が演劇に突っ込むのとはレベルが違う。つまり議員であり芝居もしている三原順子が見に来てたらどう言ったかはわからん)つっこまれない。

 なので、私から見てもぱっと見は、「劇中劇」部分はすごく見応えあるのですよ。言葉のチョイスという「音」の部分も、「絵」としてもすごく心地よくて、しかしバックステージ部分はとてもしんどい。キャラひとりひとりがこんな奴おるかいなとか、アイドルの子の設定がどこまでのものかによるけど、こんなそうそうネットで話題になって炎上もせえへんやろとか、特に男がどうした女がどうしたとかこんなベタベタな会話せえへんやろなんてのは、うちもまさにそういうのしてたのだけども、コメディであるというとこで救われた部分と、劇中劇が思い切り出来の良い虚構だからこそ、バックステージに戻した時に求められるハードルが高くなって損をしてる部分があるなと思ったのです。役者も劇中劇部分はすごく素敵に見えるのに、バックステージ中は下手に見えるし。

 そのリスクをおってまで、バックステージという手法を採用したところに、作家の心の叫びを感じたわけです。「真実なんて存在しない」なんてのは本当ベタベタでそうとう調理しないとなにかっこつけとんねんアタタとなる台詞じゃないですか。しかし、私は感想ブログのあらすじを読み返すまでは、そこまでアタタと思って見てなかったので、それは成功していると思う。つまり、作家としての心の叫び(それが書けない叫びなのかは断言出来ないけど)を叫ぶ為の最適化がバックステージなのだとすると相当ハイリスクハイリターンなことをしているなあと思ったわけです。

 そして、川端康成というのが「やりたいという先行」の上だったから出た叫びなのでも恐ろしいのだけども、「心の叫びの手段として川端康成を後から選んだ」ならさらに恐ろしいなあと思ったのです。

 もう、作家としてのことしか書いてなくて、島原さんには申し訳ないのだけども、まあ作演してるけど、作家比重が強いから勘弁してちょちょちょー
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by spacedrama | 2015-05-29 03:03 | s×d2015 | Comments(0)
今さらですが、舞台写真です

ちょっと諸事情で写真だけ後であげます言うてたんですが、アップロードまでやって投稿ができてなかったようです…>_<…
すみません

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by spacedrama | 2015-05-29 00:41 | s×d2015 | Comments(0)
「無名稿 あまがさ」あらすじ

雨の音が響く独房。男はある話を始める。一本のあまがさと、ある男と女についてのたわいもないお話。
「雨傘」、作 川端康成ー。

とある劇団は、本番前にして脚本演出・主演(ショウ)とその相手役(ミキ)が2人で失踪するという大問題を抱えていた。
残された劇団員・アキは、ショウが残していった「康成をやろう。古典的な美しさを表現しよう」という言葉だけを頼りに、客演陣には内緒で、ショウのゴーストライターをやることになる。ショウはきっと帰ってくるから、それまでの繋ぎを自分がしようと思い、邁進する。
同じく劇団員のナツは、何とかしてチケットを売るため、稽古場の様子をリアルタイムでUstream配信することを思い立つ。IT関係が得意なケンに頼んで、稽古中の様子を配信するはずが、ふとしたきっかけでアイドル女優ユイのオフ映像が流れてしまい、ファンからのコメントが荒れる。ナツは本意ではなかったが、注目されたことに喜び、ケンは大好きなナツが喜ぶことに喜んだ。

アキは、坂田山心中事件のファイルを、作品を書くために集めていたショウの資料の中から見つける。互いの愛の為に命を捨てる純愛ラブストーリーとして、当時の世間を賑わせた坂田山心中事件と、少年少女の初々しい恋を描いた川端康成の雨傘。この2つの先にある「真実」を、ショウは描こうとしたのだと信じ、アキは筆を進める。
その時、男の声が聞こえてくる。「人は、自分にとって都合のいいように世間を見つめる生き物だ。真実なんて誰にもわかりゃしないし、そもそも真実なんては存在しないのさ」

出されてくる脚本を稽古するメンバー達。しかしこれまで役者しかやって来なかったアキの脚本はなかなか出来上がらず、ただ時間だけが過ぎてゆく。焦る客演のヒロ。
一方、集客は本番3週間前にして4ケタを突破。喜ぶ劇団員エリとは裏腹にナツは複雑な心境であった。作品が評価されているのではない。エリやナツとガールズトークをして盛り上がるユイのプライベート映像を晒して集客を伸ばしただけに過ぎない。ナツは罪悪感と共に、Ustream配信のカメラを止める。

アキは坂田山心中事件について調べていた。ショウの描こうとした「真実」を探るために。
坂田山心中事件は昭和7年に実際に起きた心中事件。しかしただの心中事件ではなかった。女の死体が何者かに掘り起こされて屍姦されるという猟奇事件であった。当時のメディアはそのことを隠蔽し、ただ綺麗な物語としてこぞって報道したという。

男「はっきりさせておきたかったんだよ、俺は。非の打ち所がない人間など、この世にいないということを。」
独房の謎の男こそ、女の遺体を掘り起こした人物。そして世間から消された人物であった。世間の好機の目に晒されて、使い捨てられた男。

アキの書く脚本が、次第に歪んでゆく。真実を描こうとすればするほど、「美しさ」から離れてゆく。
アキ「やっぱり私には書けなかったんだ。ショウが帰ってくるのを待とう」

その時、ミキからエリに連絡が入る。ショウと2人、もう稽古には参加出来ないとのこと。無責任な駆け落ちだった。
ますます窮地に陥るメンバー達。公演を中止にしようと提案するアキ。何としても公演を打ちたい他のメンバー。
次第に言い合いになり、議論はヒートアップして行く。
その時、ユイの事務所から連絡が入る。「Ustream、今も配信されてるから止めろ」
ケンはナツが以前カメラを止めたとは知らず、ナツが喜ぶ為ならと、定点カメラでなおもずっと配信を続けていたのだった。
鳴り止まない電話。止まらないコメント。Twitterの書き込みには「こっちの方が面白い」「おしゃべり演劇」「観せて」「今最も注目されてる劇団(ゴシップ的な意味で)」という文字の雨が止まない。
皆、世間の好機の目に晒される。
己を守る為に一本の傘を手に取る。

私達の作品に、原作者も脚本家も必要ない。私達のシナリオは、名前も知らない観客たちが決める。
私達はただ、その前で踊らされてればいい。
人は自分の都合のいいように世間を見つめ、その言葉を世間に垂れ流す。
私たちはどんなに嫌われようと、そんな世間で生き抜いてみせる。

「さあ、世間の好機の雨に晒されましょう」
原作者も脚本家もいない「無名稿 あまがさ」が始まる。




演出方法として

・劇中一切声を発さない、着物の女と学生服の男が2人で現れてはいつの間にか消える。時には「雨傘」の少年少女・坂田山心中事件の男と女・ショウとミキとして、何も話さずゆっくり現れ、歩き、消えてゆく。
・オノマトペを多用する。雨の音、木々の音などを、役者の身体表現と共に再現する
・劇中劇のシーンはあえて少し古い感じの演技方法を取り入れ、現代における世間のニーズとは乖離している感を出す。→リアルの方が面白い感を際立たせる


以上、あらすじと、演出方法でした。

演出 島原夏海
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by spacedrama | 2015-05-27 14:00 | s×d2015 | Comments(0)
高間さんは、劇団紫の先輩で、所属していた時期は重なっていなかったが、それでもいろいろ影響を受けている気がする。
だから、努力クラブと笑の内閣を観て共通するところがもしあっても、それを京都っぽいと思わないで欲しい。あくまで、劇団紫出身っぽいって思っていただければ幸いです。京都にもいろいろなカラーを持った劇団がありますので。


それで、作品の感想なんだけど、
今回のはよくわからなかった。
内容であるとか物語であるとかがわからなかったというわけではなくて、この作品において名誉男性というのが何がいけないのか、或いはいけないことはないのかっていうことがよくわからなかった。

先輩の劇団なので、最近の作品はほとんど欠かさず観ている。
それらの作品では、扱っているテーマのどこが問題なのかはっきり教えてもらえたような気がして、作品を観たあとはなんだか帰り道は賢くなったような気持ちになれたのだけれど、でも、今回のは賢くなれた感じがしなかった。
問題提起も世間知以上のことは描かれているとは思えなかったし、それに対しての答えもいつもと比べてはっとするようなものがなかったような気がする。

そしたら誰がお茶を汲むのが一番正解やったん?
みたいな疑問が終始つきまとってしまった。「女だから」という理由で女の人にお茶を出させるというのは間違いだとしたら、「一番若い」という理由は正当なのかと思う。
「女のくせに」「男のくせに」のような台詞が無ければ、滞りなくお話が進むような気がして、なんだか必要もないのにわざわざ問題化しているような印象があった。

後輩の僕が言うのもおかしな話だが、台本は構成とか上手くなってらっしゃると思う。
でも、上手くなるということが、必ずしも良い方に向かっているとは思えない。
難解なテーマと馬鹿馬鹿しい展開という組み合わせが嫌味じゃなくてとても良かったのに。

それから、笑いの部分なのだけれど、ここが笑いどころですよって指し示していたところが大体すべっていた。
そういうところに限って、練習量が垣間見えてしまって、面白いか面白くないかはともかく、僕には笑えないなあと思った。

評判が良かったらしいのですが、僕はあんまり良いとは思ってなかったので、ブログ書きづらいなあと思っていたら、なかなか時間が経ってしまった。
本当は細かいところとかいろいろこだわってやってると思うのだけれど、それを読み取れなかったのが悔しい。
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by spacedrama | 2015-05-26 19:50 | s×d2015 | Comments(0)
無名劇団、本公演は初めて観ました。
観る前に意識しようとしなくてもはいってくる前情報があるもんですね。
その情報のせいかもしれないけど、なんか懐かしい演劇を観た気がしています。

感情の出し方、ミザンス、ようは演技・演出に関する部分に関して僕個人が20~15年前によくみていた小劇場っぽいものを感じた。
「若手というよりちょっと歴史ある劇団だからか」って思いきや、演出は20代の方なのですね。
戯曲はSNSとか現在のものを扱いながらも、30代の方で。

この不思議さ。

(何が懐かしくて、何が現時代的なのか、っていうのは僕個人の感覚なので共有していただけるかわからないんですが)

この不思議なバランスが川端康成をベースにしながらコンテンポラリーな劇団を描くこととちょっとシンクロしているように思えて、すごく興味深い。
突き詰めていくとかなりの新感覚になりうるかと。



チラシに関して。
「裏面カラーである必要がある?」って懐疑的だったんですが、緑色の吹き出しはSNS的なモノからLINEを彷彿とさせるために必要だったってことか。
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by spacedrama | 2015-05-26 14:41 | s×d2015 | Comments(0)