space×drama2016の感想を様々な視点で載せていきます 。300文字以上の感想を各劇団が書いていきます。皆様もコメント欄に是非お書き下さい!


by spacedrama
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カテゴリ:s×d2010( 29 )

更新がとても遅くなり、本当に申し訳ありません。
baghdad cafe「ごっこでいいから手をつないでて」を観ました。

baghdad cafeさんを観るのは初めてでした。
昨年度の優秀劇団であり、どんな作品なんだろうととても楽しみにしていました。


観終わった後、1番に感じたことは、この劇団にしかない世界観がとてもちゃんとあるなぁということです。始まる前から、これ動くんだろうなーとわくわくさせる装置、そしてそこに飛び出してくるおもちゃ箱をひっかり返したかのような衣装を身につけた役者たち。のっけから、おお~、これは!と、前のめりで見れる要素だらけです。

そして役者が喋り出すと、そのスピード感とテンポの良さでもって更に惹きこまれていきました。

話から一旦はずれて、きっと普通ならはけるだろう役者が、上下にずっと居てて、出番になると、にょっきっと出てきたり、後半のデモ行進?のシーンでもその中央を通過したと思ったらまた戻ってきたり、中央から飛び出してきたり装置をとても上手に面白く使っているなあと、こんな動きにしようと想定して作った装置なら、尚すごいなあと思いました。

「ごっこ」である。ということ。
マネ、遊び、何かになったつもり。模倣。
それが物語の全編を占め、「ごっこ」の世界へ私たちを誘う。

子供の頃のごっこ遊びももちろん、ごっこであり、大人になったさっちんの今も、幸せになりたい、なったつもりの世界で、やっぱりごっこであり、つまり、ごっことはなんと虚無なんだろうと思った。

その中で私が一番印象に残ったのは、さっちんの「嘘泣き」。
わざわざ「えーんえーんん」と泣くのです。台本にも「えーんえーん」って書いてあるのかなぁ。と思ったくらい。「えーんえーん」と発せられる涙のない嘘の泣き声。

私も一度台本で、嘘泣きをする女の台詞に「おーい、おいおい」と書いたことがあるのですが、嘘泣きってほんまに嘘の音ってありますよね。

その嘘泣きの音が何度も何度も繰り返されいるうち、ボディーブローみたいに効いてきました。
きっと本当は大声出して泣きたい時でも「ごっこ」の嘘泣きで乗り越えようとしてきたさっちん、本当に泣きたい時に泣けなくなってしまったさっちん。そして今「えーんえーん」というただ洩れる音の下で、心の中で本当の涙を流しているさっちん。なんかそれが一番ずしーんときました。

そして、何度があったさっちんの単調に無表情のままに語られる長台詞が、ラストシーンで全員で語られ出した瞬間はすごいぞぞーってなりました。
とても心に残る名ラストシーンでした。

細かいところでも何度もへーそうするんだぁと感じた点がたくさんあり、演出の演劇への開拓心を強く感じる作品だったと思います。

Micro To Macro石井
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by spacedrama | 2010-09-24 01:38 | s×d2010 | Comments(0)
プラズマみかん 中嶋悠紀子です。
baghdad cafeさんの「ごっこでいいから手をつないでて」見ました。
更新が遅くなり、本当に申し訳ございません。

【舞台】
8月28日(土)15:00~の会を観劇しました。
客席は70席程度。ほぼ満席。
中央に正方形の舞台。裏山の崖をイメージしたようなオブジェ。

【感想】

子供の頃、私はままごとごっこがあまり好きではありませんでした。何故かはわかりません。お芝居なんておままごとの延長のようなものなのに、私はあの頃、おままごとに誘われる度、背中に冷たい汗のようなものが走ったのです。

でも、誘われたら参加する。友達の輪にいたいから。でも、その輪の中で、更に家族の役割なんて与えられたら、私はどうしていいかわからない。そうだ、何をしても許される、優しく叱ってくれるペットになろう。ペットになりたい。犬のラッキーの役はいつも取り合いだ。じゃんけんい勝ちますように勝てますように。

だけど、一歩退いて見ていることを良しとしているかというと、そうでもなくて、どうして自分はこの輪の中にいないと不安なのに怖気づくのかとかを真剣に考えていて、考えるのはしんどいから犬の役を希望して、でも?だから?大人になったら恋人と幸福な関係を築き、部屋の中でしっかり自分の役割を獲得しようとしている。で、少々強引にやりすぎて、捨てられたり。。。

さっちんて私みたい。
そう思った女の子は多かったのではないでしょうか?

こういう、女の子の輪の独特の葛藤とか、私は幼い頃からとても神経を尖らせているタイプだったのですが、こういう世界を繊細に描くのは、比較的女流作家さんが多くて、何の知識もなくこの作品を見たら、作家さんは女性なんじゃないか?と思う人もいるのではないかと思います。そのくらい、繊細な感情からファンタジーの世界を描いてしまえるのはとても素敵だなと思います。

そして、それを広げていける女優さんの演技がとても魅力的です。一瀬さんの、爆発的に長い台詞。台詞が説明している事柄よりも、自分の肺の中の空気がしぼんでぺったんこになってしまうくらい、日常の中で吐ききりたいもの。その姿にとても引き込まれました。

衣装や舞台美術など、デザイン面ではいつもとてもわくわくしながら見ています。淡い色味の美術に、はっきりとした色味の強い衣装は、過去の淡い記憶と、今、自分の確かな存在を提示しようとしているようにも見えます。

ただ、2時間に渡る大作だっただけに、シーンごとに、空間がもう少し視覚的に変化した方が良かったのかなかなと思いました。どのシーンを見ても、シーンの中では役者さんが自由に空間を使い、大きく動き回っているのですが、シーンごとに切り取ってみると、どのシーンも同じように見えてしまうのが少し気になりました。立体的でアシンメトリーな舞台なので、時には制限を設け、シーンのバランスを意図的に崩す場面があっても良かったのかなと思います。

以上です。
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by spacedrama | 2010-09-12 18:13 | s×d2010 | Comments(0)
プラズマみかん 中嶋悠紀子です。
Micro to Macroさんの「スカイフィッシュ・ワルツ」を観劇しました。
感想が遅くなり、本当に申し訳ございません。

【舞台】
舞台上段にバンド演奏のための楽器。
映画のフィルムをモチーフとしたオブジェがある。
舞台下は、主人公の映画の試写室と、過去の学校の教室のシーンがスピーディに切り替わる。

8月18日14:00の公演を観劇。ほぼ満席。

大まかなあらすじは先に書かれていますので抜粋します。



【感想】

お芝居のお話について、私は2つのタイプがあると思っています。
「嘘しまーす!」という、現実とはかけ離れたものと、
「そんなことあるある!あるかも!」と、現実に寄り添ったものと。

ミクロさんのお芝居を観劇するのは2回目になりますが、2回とも共通して、「嘘しまーす!」から、はっと息を飲んでしまう、「生命のリアル」にびゅんびゅん飛んでいきます。

物語の始まりは、日常がちょっとパラレルワールドに足を踏み入れてしまったようなファンタジーの世界を、自分自身とは少し距離を置いて観ていました。しかし、後半になるにつれて、自分自身と舞台上で起こっている世界が急に、自分の目の前まで近付いてきます。

それは、石井さんの描かれる「生命」という一大テーマが、「生きる」、「死ぬ」ということに加えて、人の肌の温かみを欲したり、その温度に涙したりするところに、石井さんが本当に感じたことが素直に載せられてられているからだと思います。いじめを苦に自殺をしたという少女は、本当は赤色が見えなかった。だから赤信号が見えなかった―と明かされるシーンは、生暖かい赤の温度が急に冷え切っていく感覚を覚え、これは経験した人間にしか出せない…と言ってしまうことはは同じ書き手としてはとても悔しいところであり、とても尊敬すべき点でもあります。

私は、「嘘しまーす!」も、「あるある!あるかも!」みたいなお話もどちらも好きで、物語序盤で、どちらのお話なのかしら?と、自分と舞台上の距離をある程度計って観てしまうのですが、今回はそれがびゅんびゅん変化していくので、その変化球に、身を乗り出して観てしまいました。


舞台上で気になったことと言えば、バンドの演奏とダンスがミックスされている場面は、音楽に合わせてダンスがもっと破壊的で破綻していても良かったのではないかと思います。バンドの演奏が破壊的で、言葉にならない叫びを歌い上げているのならば、そのシーンは振付をキレイに踊ることよりも、爆発力を優先させた方が、より生命感あふれる作品に仕上がったと思います。

このお芝居を観て、私は石井さんのことをとても知りたくなりました。クロージングトークで、石井さんご自身の経験についてお尋ねしてみましたが、このお話は、またいつか飲みながら個人的にお話を聞いてみたいと思っています。(ムフフ)


以上です。
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by spacedrama | 2010-09-10 10:46 | s×d2010 | Comments(0)
コトリ会議の山本です。
baghdad cafeさんのお芝居の劇評です。

子供達(?)、もしくは情緒不安定な女子学生(?)さんのおままごとごっこから始まるお話。
おままごと、じゃなくて、おままごとごっこ、というとこが僕はミソなんじゃないかと勝手に考えてるそんなお話。

台詞の交わし方からなのか、衣装からなのか、ずっと不安定な、小さな頃スーパーボールをとりあえず壁にぶつけてみて、どこへ跳ぶのか遊びませんでしたか?
僕はあの遊び大好きでした。それは今も。
もしくは、お祭りで釣ったヨーヨーって、突然割れるじゃないですか。あんな不安定さ加減を楽しむのだろうか。僕は勝手に楽しんでました。というお話。

勝手に、というのが、作演出の泉さんの心意気だと、僕は勝手に考えてるのですが、皆さんいかがですか?
彼女達は何歳なのでしょうか。何語なのでしょうか。はたまた人間なのでしょうか。周りで常に女性達が舞台上を見守っているのはなんなのでしょうか。

以下、僕の勝手な解釈です。

一瀬さんの演ずる「さっちん」は、小さな頃から皆と遊んでいても、ノリはよくても、どこか客観的な、女の子だ。そんな子いました、僕の周りにも。
周りの皆とおままごとをしていても、普通に幸せな女の子になりたいと願う、女の子だ。

そんなある日、かくれんぼをしてる最中に、友達と、首吊りごっこで他の奴ら驚かそうぜと盛り上がってみたら、その子、風もないのになんだかユラユラ揺れていて、紐からプラリと垂れてしまって。
それからごっこと現実の見分けがつかなくなってしまったさっちんには、なぜかその後もおよそ非現実的な現実がふりかかり、気がつけば、漫画みたいに高校時代を満喫してしまい、卒業をすぐに控えたある日の夕焼け。
今では疎遠になっちゃった小さな頃の友達。その中の一人と教室で二人きり。
静かな中、さっちんは窓の外を凝視して、「私達、外の世界にいってもよくない?」と言ってみた。
野焼きの臭いと、タンボとかヤマヤマの景色がどこまでも。さっちんの頭の中では、ごっこ遊びがどこまでも。

あれから数年後、さっちんは契約社員で、彼氏と半同棲してる。
どんなに仕事で嫌なめにあっても、彼氏が慰めてくれる。ごっこ遊びの延長で、死にたいとか旅に出るとか、ついつい口走っちゃうんだけれど、彼氏が食い止めてくれる。普通に幸せ。
部屋の中にゴキブリが出た。彼氏がいないから自分一人で退治しなけりゃいけないけれど、何億年もしぶとく生きてきたコイツを見てると、いまだ私の頭の中に巣くってる、プラリと垂れてたあの子を思い出す。
あれから私は、全てがふわふわして見える。それは例えば、ちょうど舞台の周りから、私をずっと眺めてる女の子の視点で、私が私を見てる感覚だ。

そんなふわふわした感覚で、さっちんはある日、仕事をやめた。そしたら彼氏が冷たくなった。お金がないとダメだったらしい。さっちんはなんとかなると思っていたけど、最後に結婚詐欺みたいな形で彼氏はいなくなった。

突然厳しい現実になった。
首吊り事件の事で警察が私の事かぎつけたみたいだし、幸せから一転逃亡生活だ。
現実の端っこから、今まで見向きもしなかった世界から、元いた世界へ主張をしてみる。でもさっちんはそんな時でも客観的だ。というかなにが現実でなにがごっこ遊びなのかわからない。普通の幸せってなんなんだ。ついでに僕もわからなくなってゆき、泉さんの策略にはめられた、と舌打ちしてみる。

ひょんな。小さな頃からの友達と出会う。卒業を控えたあの日、外に出よう、と一緒に誓ったあの子である。

友達は帰ろうと言う。
帰ってみると、野焼きの臭い。なにもわからないけれど、野焼きだけは相変わらずだ。
何が現実で何が幸せだ。私はここから始まったのだから、私の価値観で暮らしてみようか。

するとここで、「しゅーりょー」と一声入る。
まさかそれはと思いましたが、全ては、冒頭から始まっていたおままごとの範疇でありましたと。

かなり、はしょりましたが、僕の思った事のつらつらです。
恐らく間違った解釈だと思うのですが、いやいや、間違ったとか正解であるとか、そういう話ではありません、きっとこのお話は。

2時間たっぷりのおままごとを観て、結局それはおままごとだったのか。
でも明らかに舞台美術は動いているし、何かが冒頭とは変わっているのでしょう。それはなになんだ。
さっちんが最後に微笑んで去っていった。舞台が始まってから、やっとの、登場人物のいない、傍観者のいない、客席側と舞台だけの空間。さっちんの笑顔はなんなんだ!

僕はいまだに悶々としております。
最後に。僕はbaghdad cafeさんを拝見するのは4回目になります。どれも主人公が最後に疾走するのですが、今回、とても走られてました。気持ち良く繋がりました。
ありがとうございました。

コトリ会議 山本
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by spacedrama | 2010-09-07 00:08 | s×d2010 | Comments(1)
psacexdrama2010終わりましたね。

baghdad cafe 感想です!これで今年は終わりです!

クロージングトークでも言いましたが、バグ(baghdad cafe)は親しくしていて、毎回見てます。
今回のも結構好きでした。

毎回変わらず、泉くん(作演出)の「日常」や「社会」や「演劇」や「言葉」に対する揶揄、、というか、批判的な態度がちりばめられていて、それがいつもおもしろいです。

それは今までも毎回、割りと隠されていて、隙間から見え隠れする感じで、
でも全体としての流れは甘酸っぱい青春色に彩られていて、上記の批判的な態度がわからなくても、青春色の部分で楽しむ感じの作品でした。

でも今回は、ちょっと、隠し方が話全体をわかりにくくわかりにくくさせてしまっていて、話を追うのが大変だった人も多かったと思います。

わかりにくいのは別にゼンゼン有りだと思うのですが、それにしては2時間の上演時間は長いと思います!
2時間だったら、もう少し全体をとっつきやすい感じにしてお話を興味深く見てもらうようにひっぱってもらうか、パフォーマンスで楽しませる感じに2時間どんどん飽きさせないことが起こるか、
別のなんでもいいのですが、
なんか、そういう2時間お客様を引っぱり続ける工夫が必要なように思います。

わたしは、ストーリー自体、今までのより、今回のが結構好きで、
(今までの青春ものも良いのですよ!)
美術と衣装のビジュアルのバランスがすっごく素敵で、
狭い美術は確実に似合ってて、
トータル、おもしろく見てましたよ!

あと、クロージングトークでも言いましたが、
この「他にはない感」がすごく大切だと思います。
そして、今回は「他にはない感」が強まった気がします。
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by spacedrama | 2010-09-03 13:54 | s×d2010 | Comments(1)
Micro To Macroさん、見に行かせていただきまして、遅くなりましてすみません。
感想です。突劇金魚・サリngROCKです。

わたしの見終わった第一感想が、石井テル子さんという人がすごく好きだということでした。

わたしにはもう、石井さんの個人的なことを抜きには、見れないということでした。

と言っても、深くお話したこともありませんでしたので、当然、昔の出来事をモチーフにおはなしを書いているということは知りませんでしたし、そういうことではありません。

石井さんが、昔劇団をしていて、休止になって、でも演劇をやりたくて、個人ユニットでやっていること、そして、(石井さんはこんなん書かれて嫌がるかも知れませんが、すみません、でもわたしにはとても重要だったので、)石井さんがわたしよりももっと年上だということ

それを知っていて、あの舞台を観るともう、石井さんー!!!!!と叫びたくなります。

すーごいすーごいマッスグなお話+演出じゃないですかー。
「演劇好きでー」
ていうのと
「どうしてもやりたくて個人でー」
ていうのを実現していて、それが
あれほどまでに【マッスグな舞台】!!!!!

もう、めちゃくちゃ眩しい人じゃないですか!??石井さん!!!

しかも、スタッフさんとかバンドも、いろいろ、すーごい抜かりなく、お金かかってると思います。
一流スタッフさんだと思います。

それを、個人で揃えるって、めちゃくちゃめちゃくちゃなすごいことだと思います。

そして、石井さんは、キーパーソンを演じて、歌まで披露して、

あああっっ!!!石井さん!!!!
情熱にひれ伏します。

石井さんは素敵な素敵な女性だと思います。

共演者の皆さんがすごく協力的だったと聞きました。
石井さんの人徳だと思います。
石井さんのためなら、って思ってもらえるお人なんだと思います。

とても素敵な女性や。

わたしはこの舞台を見て、石井さんというお人がもうめちゃくちゃ好きになりました。

すみません、個人的な感想で。。。
(毎回そうですが……)
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by spacedrama | 2010-09-03 13:31 | s×d2010 | Comments(1)

Micro To Macroさんは初めてみました。
石井さんのお名前は以前、別の劇団で見たことがあったのですが、
作演出をされているお芝居は見たことがありませんでしたので、前情報なく拝見しました。

感想としてまず思ったのは、とても純粋で健全なお芝居だと思いました。
非常に安心して楽しめるお芝居でした。
生演奏もお芝居に組み込まれており、カーテンコール最後に降るシャボン玉も含め、エンターテイメント性にあふれていました。

物語は一人の男と一人の学生の会話から始まります。
一人の男は映画監督、もう一人は出し物で初監督を努める男子学生。
男は次の映画がうまくいかなければ映画をやめる決意をします。
そんな映画監督の元に一人の老人が現れ、ある8mmフィルムを置いていきます。
一方で学生たちの物語が始まる。その物語の主人公は冒頭に出てきた学生。
彼は一人の女生徒が気になっています。その女生徒にはあるエピソードがあります。
ある日、飼育小屋のにわとりが惨殺されていた。みんなが血に敏感に反応するも女生徒は動じず鶏の亡骸を持ってきてしまう。
一方、映画監督の知り合いたちも含め映像の復元をしようと試みます。
二階ではバンドが間借りをしておりいつも演奏をしています。
そんな二本の物語が交互に進行していきます。
学生たちは学園祭に「街の灯」を摸した「街の灯きらら」という映画を撮ろうとします。最初に出てきた学生が監督になります。
ここで女生徒がいじめられていることが如実に分かります。
女生徒は最後に死んでしまいます。自殺したのではないかという疑惑があがります。
復元されたフィルムから映画監督は実はその時の学生監督だということが分かります。
そして、そこに二階のバンドがコピーした当時、「街の灯きらら」の主題歌が流れることでその当時にタイムスリップしてしまいます。
映画監督は女生徒が自殺しないように何とかしようとドタバタします。
しかし過去の改変は現代への干渉があり、足を怪我したり、金持ちが貧乏になってしまったりと散々なことが起こります。
それでも彼らは彼女を救いたいとの一心でドタバタします。
最終的に彼女は自殺する気などなかったことが分かり、完成したフィルムを渡します。
ここで映画「街の灯」の名シーン、女性が男性の手を握るというシーンがリンクします。
フィルムを受け取り損ねた女生徒は赤信号の道路に飛び出て死んでしまいます。
彼女は色覚障害だったのです。
最後にメイキングで彼、彼女たちが自分に向ってのメッセージを語ります。
映画監督はそれを感慨深く聞きます。

という感じのお話でした。
脚本の構成がかなり練られていました。女性が書く脚本で珍しいほどの構成力だと思います。
強いて気になる点をあげるなら、その構成をより活かすようなセリフや細かなシーン、演出に少しだけ物足りなさを感じてしまいました。
ある程度先が読めてしまう展開の仕方は、とても丁寧で好感が持てるのですが、もっとスピーディに展開してもらえればよりびゅんびゅんストーリーに近付けたのではないかと思います。
僕自身もよくぶつかる壁なので難しいと思いますが、もう少し前半の展開をそぎ落とせばよりテンポ良く物語がしみ込んできたように思えます。情報伝達のセリフがかなり硬い感じがしました。分かりやすいセリフはとても効果的なのですが、心に突き刺さるようなセリフがあるとメリハリがついてよりよくなるのではないでしょうか。
演技も大部分が少し過剰気味で、一方、引き込ませるような細かい演技もあり、それらがランダムに配置されていました。それゆえに一部では説明過剰、一部ではこちらまで届かないと言った現象が起きていたかと思います。戯曲の力は確実にあるので、演出を細かくしていけば、もっと響いていたかと思います。
また生演奏ですが、とても音楽に力があり、脚本的な整合性がとれているかと思います。
しかし個人的な見解で恐縮ですが、こちらも少し物足りなく感じました。
劇世界のトーン、テンポと音楽のそれらが完全にはマッチングしていないような気がしてしまいました。BPMをもう少しあげて、ハイトーンな声質で、序盤の演奏のカッティングというのでしょうか、が、もう少しエッジの効いた感じで欲しくなってしまいました。これが劇世界と完全に一致するととても心地よく心の琴線を揺さぶられていたと思います。わがままですが。
しかし良質な物語と生演奏のダイナミズム、提示する演技は劇世界を明確に提示していました。
こちらもZsystemさんと同様に小劇場演劇を知らない知人にも安心して招待できる演劇でした。これは力がなくてはできません。石井さんの、おそらく自覚的にやっているであろうピュアな世界観と空気が心地よく劇場に充満していました。

日時 8月17日(火)19時半の回。
舞台 60cmほど上げられた舞台が間口いっぱいまで。その奥側に180cmほどあげた二階舞台。映画のフィルムをかたどったケコミ。その上空に浮かぶいくつかの球体。
この球体の捉え方に迷いました。惑星のようで、時空間の移動が行われるといった宇宙的な要素、ファンタジー要素を表しているのでしょうか。
手前には椅子として使用する箱がいくつか。舞台途中で出し入れされる机は映写機の置かれる台は場面転換の際に効果を発揮している。
客層 今回はぎりぎりに入場したため、把握できず。


以上です。

baghdad cafe' 泉寛介
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by spacedrama | 2010-09-01 03:52 | s×d2010 | Comments(0)
Zsystemさんの作品を観るのは2回目でした。

以前拝見した作品より、ぐんと惹きつけられました。作品のタイトルどおり、お客様の為に、という「おもてなし」のサービス精神がとても見える作品でした。

浴衣なんぞで出迎えられると、もう気分はお祭りわっしょいです。花火あがるのかしら?と想像してしまいました。そしたら本当にあがってました。ストレートな王道なお話。

王道ストーリーは私は、分かりやすく好きです。わかっちゃいるけど、あららと惹きこまれていきます。今回のZsystemさんのお話も先は読めてしまいましたが、それでも惹きつけれる要素がたくさんありました。

毎日の衣装を着替えるなど見た目の現実感を守っていることや、大変作りこまれてた具象装置をうまく利用できていること、あと登場人物たちを、仕事や、自分のなすべきことにとてもひたむきで、大変好感が持てるように描いていることなど。そしてそれを演じている役者さんが熱いこと。

多少、え、そこ5万円?とか、社長さんのそんなんで引き受けるの?という強引さも、仕事や愛する人への想いをストレートに伝えるその後半に向けての芝居で吹っ飛ばしてしまいます。

私が観た回は、かなりの満席で、後方の一番端に座ったのですが、自分の座った側のブラインドの中が見えなかったのは残念でした。

伝えるべきことをまっすぐ伝えたいという作り手の想いが伝わる作品であったと思います。

Micro To Macro 石井
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by spacedrama | 2010-08-24 03:33 | s×d2010 | Comments(0)
コトリ会議さんのお芝居をを観るのは初めてでした。
かねてより噂を聞いていて、とても楽しみにしていました。

観終わった後の感想は、ひとことで言うと、「なんて素敵な世界観だろう」でした。

私の中では登場人物がみんな、とてもかわいらしく、愛しい存在になっていました。
瓶に込められた想いは届かず、みんないなくなってしまって、何も残らない「無」の結末であるのにです。そこにいた人たちの大騒ぎがとても愛おしい。なんか凄いセンスを感じました。

山本さんの台詞そのもののなんとも言えない面白さとテンポの良さ、その演出に応える役者たち。それらが醸し出す作品全体の心地良さのせいもると思うのですが、その「世界観」にとても魅了されました。

愛しい人と一緒にいたいとか、何かを成し遂げる為にみんなで一生懸命になるとか
そんな普遍的な人間のテーマが、そっと届けられる、そんな印象を持ちました。

四方囲み舞台というのですか、このお芝居をこの装置でしていることが最初はわからなかったのです。
役者の顔がまるで見えなかったり、やはりところどころ声が聞き取りにくくなってしまったり。ああ~、今喋っている役者さんの背中じゃなくて顔が見たかったよーと何回も思っていたのですが、でも、ずんずん観ていると、そのやきもきしたのも面白さになってきました。大統領選挙の演説の時に、みんながくるくる180度、向きを変えてあーだ、コーダ言うところとか、その役者さんの背中を見て笑ってしまいました。やられたーって感じでした。ちゃんと、見ていると、選挙であーだこーだいう候補者に翻弄される人々であり、それを実はどうでもいいと大したこと言ってないよと受け止めている現代人の様子でもあるように見え、(勝手に解釈しています)とても面白かったです。

壮大なスケール、宇宙レベルの物語のはずなのに、ただふんわり風が吹いてたな・・・そんな気持ちになりました。

でもそれは、とても心地よい風でした。

Micro To Macro 石井
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by spacedrama | 2010-08-24 02:52 | s×d2010 | Comments(0)

Micro To Macroさんの「スカイフィッシュ・ワルツ」の劇評をさせていただきます。
Zsystemの山藤です。
Micro To Macroさんの公演を観劇するのは今回が初めてです。
17日19時半からの公演を見させていただきました。

舞台は60cm程の高さ。その舞台上の奥は180cm程の高さにの中二階。
上手、下手にも広く、背景にはいくつかの球体が浮かんでおり、縦、横、奥に空間の広がりを感じました。

開場後、客席はどんどん埋まり満席。立ち見の方もいらっしゃいました。
客層は若い方からお年寄りの方まで非常に幅広かったです。

映画監督が、もう撮りたいものがない、辞めようと思っていると
知らない誰か(忘れてしまっている過去の自分)に打ち明けるところから話は始まり、
過去と現在の2つのシチュエーションで話が進んでいく。

この作品は非常に好感の持てる作品だと思いました。
まずわかりやすい事。そしてお芝居も完成されていて
見ていて単純に面白かったです。
過去が変わった(実際何も変わってないが真実を知れた)代償として、
現在に降りかかる不を背負ってそれぞれがまた歩き出していく。
ハッピーエンドではくバッドエンドでもなく現実は続いていくんだよという
気持ちのいいラストでした。
紫外線と思われるシャボン玉が降ってきたのは驚きました。

意味のないダンスや歌は気持ちが離れてしまいますが、
劇中でのバンドの生演奏が聴けるのは何だか得をしたという気持ちです。
ダンスもエネルギッシュで本当に楽しそうに踊っていらっしゃったので、
気持は一気に舞台上へ引き込まれました。

お芝居も、過去の学生のキャラが引き立っていて見てて心地良かったです。
だからこそもっと役の幅が見たいと思いました。
戯曲上、おそらくそうでないところでもチラチラとキャラの意外性を示す部分がありましたが、
もっと節々で見たかったです。

カーテンコールでは声が聞き取り辛かったのと、
役者陣がはけ、演奏が終わりバンドの方がはけていくのを見ると
夢が覚め一気に現実に引き戻される感じがしました。
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by spacedrama | 2010-08-23 22:50 | s×d2010 | Comments(0)